感染症とは、病原体が宿主(ヒト)の体内に侵入し、増殖して特有の症状を引き起こす状態を指す。放射線技師は検査を通じて多くの患者と接するため、感染のメカニズムを正しく理解し、自身の身を守ると同時に院内感染を防ぐ責務がある。
第1章:感染成立の3条件(感染の三角形)
感染が成立するためには、以下の3つの要素が鎖のように繋がる必要がある。これを「感染の三角形」と呼び、いずれか1つを遮断することが感染対策の基本である。
1-1. 感染源(病原体)
病気の原因となる微生物そのもの、およびそれらが生存・増殖している場所(リザーバー)を指す。
- 病原体の種類: ウイルス、細菌、真菌(カビ)、寄生虫、プリオンなど。
- 存在場所: 感染した患者の血液、体液、排泄物、あるいは汚染された医療器具や環境(土壌、水)など。
1-2. 感染経路
病原体が新しい宿主に到達するための「道筋」である。
- 主な経路には、経気道(空気・飛沫)、経口、接触(直接・間接)、媒介体(虫など)がある。
- 放射線技師の業務においては、ポータブル撮影時の接触や、カテーテル検査時の血液曝露が重要な経路となる。
1-3. 宿主の感受性
病原体を受け入れる側(ヒト)の抵抗力や免疫状態を指す。
- 感受性が高い状態: 乳幼児、高齢者、基礎疾患(糖尿病、癌など)がある人、ステロイド薬や免疫抑制剤を使用している人。
- 日和見(ひよりみ)感染: 健康な人には無害な菌が、感受性の高まった(免疫が低下した)宿主にだけ病気を起こす現象。
第2章:経気道感染(空気感染と飛沫感染)
呼吸器(鼻・口・喉)から侵入するルートであり、粒子(飛沫)の大きさと到達距離によって明確に区別される。
[Image comparing airborne transmission (small particles) vs droplet transmission (large particles)]
2-1. 空気感染(飛沫核感染)
飛沫の水分が蒸発した、直径5μm以下の微小な粒子「飛沫核」による感染である。非常に軽く、長時間空中を漂い、空気の流れに乗って数メートル以上離れた場所まで到達する。
🧠 最強の語呂合わせ:『空気感染は 水・麻・結(みず・ま・けつ)』
- 水(すい):水痘(みずぼうそう) 全身の痒い発疹と水疱が特徴。治癒後も神経節に潜伏し、加齢や免疫低下で「帯状疱疹」として再燃する。
- 麻(ま):麻疹(はしか) 高熱、咳、結膜炎に続き、口の中に白いコプリック斑が出現する。感染力が極めて強く、空気感染の代表格である。
- 結(けつ):結核 結核菌による肺の慢性感染。微熱や長引く咳、血痰が特徴。放射線技師は胸部X線やCTで最も遭遇する機会が多い。
2-2. 飛沫(ひまつ)感染
咳やくしゃみとともに放出される、直径5μm以上の水分を含んだ「しぶき(飛沫)」による感染である。粒子が重いため、通常は1〜2メートル以内に落下する。
- インフルエンザ: 急激な高熱と全身の倦怠感、関節痛を伴う。冬に流行し、抗原変異が激しいため毎年ワクチン接種が必要となる。
- 風疹(三日はしか): 発熱、発疹、リンパ節腫脹が主症状。妊婦が感染すると、胎児に難聴や心疾患などの先天性風疹症候群を引き起こす。
- 流行性耳下腺炎(おたふくかぜ): 唾液腺(特に耳下腺)の腫脹が特徴。合併症として、思春期以降の男性では精巣炎、女性では卵巣炎、共通して髄膜炎や難聴に注意を要する。
- 百日咳: 特徴的な激しい咳(レプシ)が長期間続く。乳幼児では重症化しやすく、無呼吸発作を起こす危険がある。
第3章:経口・接触・媒介体・創傷感染の各論
呼吸器以外のルートから侵入する感染症は、生活環境や医療現場の衛生管理と密接に関係している。
3-1. 経口(けいこう)感染:食中毒と水系感染
病原体に汚染された飲食物を摂取、あるいは汚染された手指が口に触れることで成立する(糞口感染)。
- ノロウイルス: 冬季の食中毒の主因。極めて少量のウイルス(10〜100個)で発症し、激しい嘔吐・下痢を呈する。カキなどの二枚貝が原因となることが多い。
- コレラ: コレラ菌による激しい下痢が特徴。便は**「米のとぎ汁様」**と形容され、急速な脱水により致死的な状態に陥ることがある。
- A型肝炎(HAV): 汚染された水や貝類から感染。急性の発熱と黄疸を呈するが、B型やC型と異なり慢性化(キャリア化)しない点が重要である。
- 腸チフス・パラチフス: サルモネラ属の菌による全身感染。高熱、比較的徐脈(熱の割に脈が速くない)、バラ色疹(腹部の淡い発疹)が三徴とされる。
- 病原性大腸菌(O-157など): ベロ毒素を産生し、激しい腹痛と血便を引き起こす。合併症として**溶血性尿毒症症候群(HUS)**を来すことがあり、放射線技師は腎機能の評価(造影剤使用の可否判断など)において留意が必要である。
3-2. 接触(せっしょく)感染:直接・間接・血液
病原体が皮膚や粘膜に直接触れる、あるいは血液を介して侵入するルートである。
- 血液媒介感染(HBV、HCV、HIV): 血液を介して感染する。診療放射線技師にとって最も警戒すべきは、静脈確保やカテーテル操作時の**「針刺し事故」**である。
- B型肝炎(HBV): 感染力が強く、医療従事者はワクチン接種による抗体獲得が必須である。
- C型肝炎(HCV): 慢性化しやすく、肝硬変・肝細胞がんの主要な原因となる。
- HIV(エイズ): ヘルパーT細胞を破壊し、免疫不全に陥る。通常は無害な菌による「日和見感染」を引き起こす。
- 性感染症(STI): クラミジア(日本で最多)、梅毒、淋病など。粘膜の直接接触により感染する。
- ウイルス性出血熱: エボラ出血熱、ラッサ熱など。極めて致死率が高く、患者の体液や排泄物に触れることで二次感染が拡大する。
3-3. 媒介体(ばいたい)感染:虫による「運び屋」
特定の生物が病原体を運搬するルートである。
- 蚊(カ)が媒介: * マラリア: ハマダラカが媒介する原虫感染。赤血球を破壊し、周期的な高熱(悪寒戦慄)を呈する。
- 日本脳炎: コガタアカイエカが媒介。高熱、頭痛、意識障害を来し、後遺症が残りやすい。
- デング熱: ヒトスジシマカ等が媒介。激しい筋肉痛・関節痛を伴う「骨折熱」とも呼ばれる。
- ダニが媒介: つつがむし病。野山でダニに刺されることで感染。刺し口(痂皮)と高熱、発疹が特徴。
- ノミ・シラミ: ペスト(ノミ)、発疹チフス(シラミ)。
3-4. 創傷(そうしょう)感染:傷口からの侵入
- 破傷風(はしょうふう): 土壌中に存在する破傷風菌が、深い傷口から侵入する。
- 🧠 試験の急所: 嫌気性菌(酸素を嫌う)であり、組織の奥深くで増殖し強力な毒素を出す。筋肉の硬直、開口障害(口が開かない)が特徴的である。
- 狂犬病(きょうけんびょう): 感染動物(イヌ、コウモリ等)の咬傷からウイルスが侵入。
- 🧠 特徴: 恐水、恐風症状を呈し、発症後の致死率はほぼ100%である。
第4章:院内感染・防御反応と医療安全
医療施設内には、免疫力が低下した宿主(易感染性宿主)と、強力な薬剤耐性を持つ病原体が共存している。この特殊な環境下での感染対策は、放射線技師にとっても最優先事項である。
4-1. 院内感染(のぞこみある感染)
入院時には存在しなかった感染症が、入院後に新たに発生することを指す。多くは、健康な人には無害な菌が原因となる「日和見感染」の形をとる。
- 代表的な原因菌(薬剤耐性菌):
- MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌): 多くの抗菌薬に耐性を持ち、接触感染によって広がる。
- 緑膿菌(りょくのうきん): 水回りを好む常在菌。免疫不全患者に重症の肺炎や敗血症を引き起こす。
- VRE(バンコマイシン耐性腸球菌): 治療薬の切り札であるバンコマイシンが効かない耐性菌。
- 菌交代現象(きんこうたいげんしょう): 強力な抗菌薬(抗生物質)を長期間使用することで、体内の正常な菌叢(善玉菌など)が死滅し、その薬に耐性を持つ少数の菌や真菌(カンジダなど)が異常増殖して、新たな病気を引き起こす現象である。
4-2. 生体防御の仕組み(第1関門)
人体には、病原体の侵入を未然に防ぐための「非特異的防御」が備わっている。国家試験では、これらが物理的か化学的か、あるいはどの部位の反応かが問われる。
- 物理的防御:
- 鼻毛による濾過: 比較的大きな粒子をトラップする。
- 気道の線毛(せんもう)運動: 粘液で捕らえた異物を、線毛の動きによって体外へ押し出す。
- 尿による洗浄: 排尿によって尿路に侵入した菌を物理的に洗い流す。
- 化学的防御:
- 涙(リゾチーム): 殺菌作用を持つ酵素「リゾチーム」が含まれており、目の感染を防ぐ。
- 胃酸(強酸): 経口摂取した病原体の多くを、胃液の強酸性(pH1〜2)によって殺菌する。
4-3. 放射線技師の責務:標準予防策(スタンダード・プリコーション)
「すべての患者の血液、体液、分泌物(汗を除く)、排泄物、損傷した皮膚、粘膜は、感染性の病原体を含む可能性がある」とみなして対応する、世界共通の予防策である。
- 手指衛生(基本中の基本): 患者ごとに石鹸と流水による手洗い、または速乾性手指消毒薬による消毒を徹底する。特に「患者に触れる前」「清潔操作の前」「体液に触れた可能性のある後」「患者に触れた後」「患者周辺の物品に触れた後」の5つのタイミングが重要である。
- 個人防護具(PPE): 曝露のリスクに応じて、手袋、マスク、ガウン、アイシールドを適切に組み合わせて装着する。
- 針刺し事故の防止: 放射線技師が最も注意すべきは、リキャップ(一度外した針にキャップを戻す行為)をしないことである。万が一、B型肝炎(HBV)やHIV陽性患者の血液が付着した針を刺した場合は、直ちに流水で洗浄し、定められた予防内服等のプロトコルに従う必要がある。
💡 補足:特殊な病原体と予防接種
- プリオン: ウイルスよりも小さく、タンパク質から成る病原体。クロイツフェルト・ヤコブ病などの原因となる。通常の滅菌(オートクレーブ等)が効きにくいため、専用の処理が必要である。
- 原虫(げんちゅう): 単細胞の寄生虫。マラリアやアメーバ赤痢、トキソプラズマ(垂直感染の原因)が含まれる。
- 努力義務のある予防接種: 麻疹、風疹、結核(BCG)、水痘、日本脳炎、ポリオ、B型肝炎、インフルエンザ(高齢者)、肺炎球菌(高齢者)など、集団免疫を維持するために法律で定められている。

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